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2009.03.06 君を待つ時間
先週から見れば来週のネタ確保というわけで
約束は守ったような気がします∈(・ω・)∋
テーマ「スプリングガール」の小説です。
タイトルは記事のタイトルと同じ(・ω・*)
待ち合わせの時間は10時だっただろうか。現在時刻は11時、僕は完全に遅刻していることになるが、決して怠惰のせいではない。僕は彼女のために涙を呑んで一時間睡眠を余計にとることにしたのだ。本当は退屈な時間を有効活用したかっただけだけど。
待ち合わせの公園に到着してすぐに彼女は見つかった、人気の少ない公園の上画材とキャンバスが目印にはなっているが、ベンチに座っているわけでもなく遊具で遊んでいるわけでもない、何もしていない彼女は公園では逆に目立っていた。

「おはよう」
「おはよー、遅かったねぇ」

彼女は目を合わせることなく答えた、視線はずっと桜の木を見据えたままだ。
怒っているわけではない。彼女が絵を描くときはまず対象物をひたすら観察することから始める、風景から溢れるイメージをヴィジュアル化し完成形を頭の中で構築するのだ。
この作業に大体1時間と少々、集中している時間に話しかけるのも無粋なので、彼女が絵を描くときは待ち合わせ場所に1時間遅れで行くのがすでに恒例行事となっていた。

「いよっーし、イメージカッキーンと固まった!」
「そりゃよかった。もう少しでこの春の陽気でうたた寝するところだったよ」

そんな抗議はさらっとかわして彼女はパレットと筆を構える、腕をクロスして
「うぃっしゅ、なんちって」ポーズを決めてはにかんだ。

ここから彼女の芸術は動き出す、蛇足だが僕はトランス状態と呼んでいる。
尋常ではない描き方だ、彼女は描き歌いそして踊るのだ。
絵を描く最中であっても、彼女は歌を口ずさみながら筆をくるくると弄び、ステップを踏んで弾むように跳ねるようにキャンバスを染め上げていく、それこそが彼女のスタイル。
「前略、道の上より」を「そいや」の掛け声に合わせてポーズを決めつつ歌い上げた彼女のキャンバスには、木の幹が黒一色で迷いなく描かれていた。

一通り書き終えたら、絵の具が乾くまで小休止。感動を忘れないうちに絵を描きたい、言い換えれば熱しやすく冷めやすい彼女の場合、絵を描くことは時間との勝負にもなる。そのため使う絵の具の種類は最小限、休憩の回数を可能な限り減らすのだ。まぁ小休止であろうと踊り続けてるようだけど。というかそのブレイクダンス、絵のイメージと合っているのだろうか。

そして二曲目「舞姫」に乗せて筆を取った。選曲の基準がよく分からない、他人の芸術は全く持って理解不能だ。
なんて詮無き事を考えていると、曲の盛り上がりにつれて彼女の動きも激しさを増していった、髪を振り乱し揺らぐ様に堕ちてゆく様に踊る彼女に、僕は狂気の舞姫を見たような気がした。

「抉り込む様に打つべし!完成、タイトルは、えーっと…『生命』!」

最後の一筆、僕はすぐに前言を撤回したくなった。完成した絵は赤と黒、激情の奔流がぶち撒けられたキャンバスには、荒々しく力強い躍動感と散り行く花びらの儚さが描かれていた。
彼女はというと、疲れ果ててぐったりとしている訳でもなく、体全体で完成の喜びを表現していた。まさしく狂喜乱舞、相変わらず軽く狂っている。

「お疲れ、って訳でもなさそうだね。今回のもすごく感情が込められてる、いい絵だね」
「当然!歌と踊りと絵画、あらゆる芸術を愛すゆ…」
「噛んだ」

歌と踊りと絵画、あらゆる芸術を愛する、それが私の信念。決め台詞の割に五回に一回は噛む。

「もう一回。歌と踊りと絵画、あらゆる芸じゅじゅ…」
「また噛んだ」
「ぐぬぬ」

言葉とは裏腹に彼女は何だか嬉しそうだ。彼女が笑うと僕も何だか嬉しくなる。
初めて芸大で出会ったときの彼女は、大人しく描けと足枷を付けられていた。
涙を湛えたその瞳からは、認められないことへの苦しさが滲んでいて、それが捨てられた仔犬のようで、僕には放っておく事ができなかった。
丁度毎年授業中に三桁もの怪我人を出すような学校には辟易していた頃だ、僕は彼女と共に芸大を抜け出した。
百花繚乱変幻自在、問答無用驚天動地の地獄絵図を駆け抜けて、束縛の象徴であった大学から飛び出すことで、表現の自由を得た彼女は、本来の輝きを取り戻すことができたのだ。
彼女には情熱がある、情熱を表現する手段がある、僕はそれがちょっと羨ましい。

「…ねぇ、聞いてる?」
「ん。ごめん、何だった?」
「さっきからお腹空いたからどっか食べに行こう、って言ってるじゃん」
「僕はどこでもいいよ。でもオススメのお店があったら、そこがいいかな」
「オッケー。すっごく奇抜なデザインのパフェを作るお店があるからそこに行こう」
「芸術的なのはいいけど、お昼にパフェ?」
「私は芸術を愛してるから、いつでも一緒にいたいのです!」

彼女は芸術を愛する、その気持ちはいつまでも変わらないで欲しい。

「あ、あと君もね」
「僕はついでかよ」

僕も彼女を愛そう。
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