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お疲れっしたー∈(・ω・)∋

最後はオマケなんで、あんまり力も入ってません。
気楽に流し読みしちゃってください。
虎嶋はベッドの上で目覚めた。まだ眠そうな金の眼を擦り、手足を伸ばし意識の覚醒を促す。
そうしてから、重さの残る頭を持ち上げると、虎嶋が自身の置かれた状況に気付く。
ここは何処か。
起き抜けの脳には厳しいが、全力で思考する。手繰り寄せる記憶、烏丸と共に逢坂達と相対したこと、店長と呼ばれる大男に押さえつけられ、そして…。覚えているのはここまでだった。

「まさか、あの後一夜を共に!?」
「してないよ!」

 ドアを開けて第一声から突っ込んだのは、お盆を持って現われた店長だった。
 身体を屈めてドアをくぐり、部屋に入る。虎嶋はそれを見て、この人やっぱり大きいなぁ、などと緊張感のない感想を抱いた。
 店長はお盆の上の皿をテーブルに移していく。コーヒー、トースト、ベーコンエッグ、サラダ、カットされたオレンジ、どの皿も二枚ずつ。朝から豪勢な食事だ。

「起きたばっかりでだるいかもしれないけど、一緒に食べるかい?ちょっと遅いけど朝食にしよう」

 店長は虎嶋に食事を勧めた。どうやら虎嶋の分も計算に入れて作って来たようだ。虎嶋は料理の匂いで自身の空腹に気付いた。時刻は午前10時、かなり寝過ごしてしまった。空腹を感じるのも無理はない。それに、虎嶋の嗅覚は人間の性能を大きく上回っている。だからこそ、空腹時にコーヒーの刺激は余計堪えるのだ。

「それじゃ、お言葉に甘えて頂きます」

 虎嶋はベッドから降り、テーブルの側に正座した。脚の低いテーブルなので、座布団に座る形で着席することとなる。
 そういえばと、虎嶋は自身の服装を見た。明らかに体のサイズに合っていない。もしかしてこれは彼の服ではないかと推測した。ということは、やはり

「一夜を共に!?」
「だからしてないって」

 二度ネタである。店長の説明では、虎嶋が寝ている間に白山が着替えをさせたらしい。一夜を共にネタは冗談だったが、聞くことができて一応の安心は得られた。
しかしこのTシャツ、何サイズだろう?あとでタグ見てみようかな。

「それじゃ、手を合わせて下さい、いただきます」
「ぁ、はい、いただきます」
「犠牲になった命に、感謝しようね、なんて、ちょっと説教臭いかな?」

 虎島の手が止まる。犠牲になった命。こうして食卓に並んでいる料理は全て加工された姿だ。虎嶋の食事は、否、衝動は、生きた動物を対象としている。爪を突き立てた時の肉の感触、噛み砕く骨、滴る血液、鳴り止む鼓動、どの記憶も脳の深くまで刻み込まれていた。
そして、そのような行為に、虎嶋自身高揚していたことも、忘れてなどいない。
私に彼らへの感謝はあったのだろうか。只々蹂躙し尽くすことに酔っていたのではないだろうか。そう、私は食事以外の意味を持っていたことを知っている。

「どうしたの?口に合わなかったかい?」

虎嶋は未だ一口も料理に手を付けていない。それでは口に合わないも何もないのだが、そこは店長なりの配慮だろう。

「いえ、いただきます」

虎嶋はトーストを齧った。温かいものが喉を通る、安堵に近い感情を覚えた。虎が混じっているとは言え、穀物や野菜も何ら苦もなく食することはできる。ハイブリッドというのは割と便利にできているらしい、などと、虎嶋は今更ながらに他人事のような感想を抱いた。

「ところで虎嶋さん」
「何でしょう?」
「元の身体に戻りたいですか?」

 唐突。ベーコンを刺したフォークを落としてしまう。店長はそれを見て、コーヒーを飲んでいるときでなくてよかったと思った。流石にびっくりするよなぁ。長年望んで焦がれた夢なのだろううから。

「それって、どういうことですか?」

 虎嶋の声が震える。

「犬飼君なら君を助けることができる、そして、犬飼君は君を助けたいと願っている」
「私は…」

 当然元の身体を取り戻したい。しかし、犬飼悠馬を赦す事も、ましてや信じることなどできやしない。名前を聞いただけでも、体の奥から熱が込み上げてくる。

「信じてもらえるとは思っていません、だから、犬飼君からの提案を聞いてください」

 店長は身を乗り出して、虎嶋を真っ直ぐ見つめた。ここに犬飼が現われるのではなく、店長が代理で話をしているのも、恐らくは虎嶋を気遣ってのことだろう。虎嶋は滾る心を鎮め、話を聞くことにした。少なくとも、店長のことは信じてみようと、そう思った。

 店長から明かされた犬飼の提案内容はこうだ。白山との再戦を行い、虎嶋が勝った場合、元に戻る処置を受ける権利と犬飼の処遇を虎嶋が自由に扱える。白山が勝った場合…

「どうしようかな」
「決まってないんですか?」
「うん、犬飼君からは何も」

 虎嶋は首を傾げた。この提案、どう見ても自分が有利な条件だ。勝てば犬飼を自由にでき、負けても一切デメリットがない。彼は一体何を考えて、いや企んでいるのだろう。

「それじゃ、君が負けたらお店を1週間手伝って貰おうかな?」
「まぁ、それくらいなら私も吝かではありません」

 随分と緩い罰ゲームだ。
 それに、先日の勝負では虎嶋は白山に完勝している。この間の結果を考慮するなら、虎嶋は自分に分があると考えていた。

「それじゃ決まりだね、怪我のないように、相手の降参か審判のストップで試合は止めるから」
「了解しました」

 今回は試合。手を抜くつもりはないが、前回のような重苦しい戦いにならずに済みそうだ。虎嶋は安心してコーヒーを口に運んだ。

……

同時刻、烏丸、裕花、金蔵の3名は、虎嶋達と同じようにコーヒーを飲んでいた。もっとも、烏丸たちは成田家にある高級品で、虎嶋たちはインスタント品。家庭の格差には大きな開きがあった。

「ところで烏丸君」
「何でしょう?金蔵さん」
「君はいつまで他人の姿をしているつもりだ?儂は早く息子の顔が知りたいのだが」
「孫より息子の顔を先に期待されるのって、珍しいパターンですね」

 烏丸は例の一件以来、ずっと逢坂の姿を借り続けている。決して元の姿を忘れたわけではない。変身ではないので、自然にしていれば素材の自分自身に勝手に戻るのだ。

「いや、急に元の姿になって現われても『誰?』ってなっちゃいますから、それで躊躇っていただけです、出発前にはお披露目しますよ」
「そうか、別段期待はしとらんが、期待していると言っておこう」
「すみません、父は見た目が幼い女性にしか興味がありませんので」

 そういえばそんなキャラクターだったな、と烏丸は思い出した。

 どんなキャラクターだ。

そう言えば、裕花の母親はどのような人なのだろう。金蔵の妻なのだから、さぞかし若々しく見えるのだろう。もう亡くなっているのかもしれないが、一度見てみたいと思った。

 しかし、烏丸は聞き辛いので裕花の母親の話題は心の内に留めておくことにした。
談笑は続き、緩やかに時間が流れてゆく。

……

「ぶぇっくしょい!…ぁ、これフラグでも何でもねぇからな、ただここが冷えるだけだ」
「劉さん、いきなり意味不明なこと言わないで下さいよ」

 時刻は正午、裕花奪還作戦時のメンバーと虎嶋は、かつての戦場に来ていた。
 以前来た時と違い、夏とは思えないほど寒く、乾燥した風も強く吹いている。その上、『向こう側』は正午だというのに、こちらはまた星空が広がっていた。どうやらこの空間は向こう側と違うルールで天候が変化しているようだと逢坂は判断した。

「それじゃ、審判はできる限り公平を期して、逢坂君が務めるよ」
「俺か、まぁいいけど…」

 逢坂はあまり乗り気ではない。自分には危険かどうか判断し、レフェリーストップをかけられるかが不安だった。痛みに対して疎い自分に、他者の痛みが理解できるのだろうか。

 だが、逢坂の不安を他所に、白山と虎嶋は既に準備を終えていた。

「玲ちゃん、早く始めようよ、寒いし」
「私も準備出来ました、お願いします」

 仕方ない。逢坂は小さく溜息を吐く。顔つきは精悍さを取り戻した。覚悟を決めて、試合開始を合図した。

「始め!」

 発音の直後、二人は激突した。彼女たちの動きによって風を切る音が響き、交錯するたびに空気が弾ける。前回とは違い、白山は虎嶋に積極的に攻撃を仕掛けてゆく。

「なぁ、解説の犬飼」
「なんだい、実況の劉爺」
「お前は白山が勝てると思ってんのか?」
「…分かってるんじゃないの?」
「読心術に甘えんな、ちゃんと説明しろ」

 お互い人の心の機微を読み取れるというのは、どうもやり辛い。そう考えていることすら相手に伝わっているのだから始末に終えない。
本当は頭の中だけで会話のキャッチボールができるのだが、それでも二人は言葉を用いて対話している。あくまでも人として、人らしく。

「まぁ、勝つのは白山君でしょうね」
「根拠は何だよ?前回こっぴどくやられたの忘れたか」
「前回は条件が悪かっただけだよ、逆に今回は白山君にとって有利な条件で戦っている」

 前回の戦闘。虎嶋と白山の鬼ごっこである。白山は劉のアドバイスを忠実に守り、虎嶋の攻撃をかわし続けた。結局は虎嶋の攻撃を受け、意識を失った。元々勝ちのない勝負だったのだが、その中で白山はよく耐えたと言っても間違いではないだろう。
 しかし今回は条件が違う。攻撃は解禁されているし、何よりこれは『試合』なのだ。相手を壊したり斃す必要はない。ルールに則って有効打を決めればいいだけのこと。破壊力は虎嶋の方が遥かに上だが、競技としての攻撃力はスピードのある白山が勝っている。その証拠に、鬼ごっこという作戦は時間稼ぎとして十分な役割を果たしていた。白山が虎嶋より速くなければ、あれだけの時間逃げ回ることなど出来る筈もない。

「それに、白山君はまだ気付いてないけど、彼女は狩る側の人間だよ、逃げ回るなんて作戦は、愚の骨頂だったね」
「刈る側の系譜に、本来守るなんて概念はないからな、どっちかって言うと守るのは逢坂の方か、気質っつーか特性っつーか」

 本来守ることの不得手な彼女が、あれだけのパフォーマンスを見せたのだ。攻めに転じたときの能力が虎嶋を上回る可能性は、十分に考慮に値する。

「そこまで!」

 逢坂の声が響いた。犬飼と劉が話し込んでいる間に、勝敗は決した。白山が虎嶋の上に跨り拳を振り上げたところに、逢坂の静止が入ったのだ。白山の、勝ちである。

「参りました、完敗です」

 虎嶋は仰向けの体勢のまま言った。表情は明るかった。白山はその言葉に笑顔を返し、虎嶋の手を引き上げた。二人は拳と拳で語り合い、友情を育んだ。何とも男らしい二人だった。

「二人ともお疲れ様、幸ちゃんはおめでとう、虎嶋さんはこれから1週間よろしく」

 そう言われて、虎嶋は思い出した。罰ゲームは、店長の店を1週間手伝うことだった。あまり負けた場合のことは考えていなかったので、虎嶋は今更ながら、安請け合いをしてしまったことを後悔した。
まぁ、1週間くらいなら烏丸さんも許可してくれるだろう。そう言えば、烏丸さんあの後どうなったんだろう。多分生きてるとは思うけど、連絡がないのはちょっと気がかりだ。
噂をすれば影が差すと言うべきか、驚くべきタイミングで虎嶋の携帯電話に着信が来た。ポケットから携帯電話を取り出した。試合中も肌身離さず所持していたようだ。虎嶋も現代っ子である。
虎嶋は片手で二つ折りの電話を開き、ディスプレイを見た。発信源は烏丸である。

「ちょっと失礼します」

 虎嶋はそう言って、彼らの元から少し離れた所へ移動した。

……

「もしもし美弥さん?年中無休の大怪盗烏丸です」
「はいはい、年中無給の大怪鳥烏丸さんですね、いつもお世話になっていますよ」
「電話遅くなってごめんね、2日振りー」
「そうなんですか、じゃ私丸一日以上寝てた?」
「あはは、寝ぼすけさんめ」
「いやん」
「それで、報告があるんだけど」
「私も報告したいことがあります、まぁお先にどうぞ」
「ありがとう、報告なんだけど、なんと僕、裕花さんと結婚することになりましたー」
「わーお」
「うわーい、驚き方がすごく嘘っぽい」
「え、マジバナ?」
「マジパナ」
「マジパない」
「という訳で、お宝以上の大物をゲットしちゃった」
「でも報酬はなしですよね?」
「そういうのってお金の問題じゃなくない?」
「お金の問題じゃなくなくない?」
「なくなくなくない?」
「そうなんですか、じゃあ今回の仕事は私たちの完敗ですね、次はしくじらないで下さいよ」
「美弥っちは厳しいなぁ」
「その名で呼んでいいのは私の好敵手だけです」
「急にカッコイイ!?」
「さて、話の主導権が私に移ったので報告させていただきます」
「どうぞどうぞ」
「ちょっと訳あって、この間の大男さんのお店で1週間働くことになりました」
「あぁ、僕が君を見捨てた後にそんなことになってたんだ」
「さらっと最低ですね烏丸さん」
「いやぁ、あの時は裕花さん守るのに忙しくて、ぁ、続けて続けて」
「それだけですけど、その間はお仕事には参加できないと思います」
「多分心配ないよ、僕もしばらく怪盗業お休みして、地に足着いた新婚生活をしたいと思っていたからね」
「スカイウォーカーさん、その冗談面白くないです」
「今のところ次ターゲットも決まってないし、ゆっくりしてきなよ、また仕事を見つけたら連絡するから」
「分かりました、でも…、でも、その頃には私は烏丸さんのお役に立てなくなっているかもしれません」
「うん?まぁその時はその時で!虎嶋君がそれで幸せになれるなら、僕は喜んで君を送り出すよ」
「…分かったような口利いちゃって」
「実は何も分かってないけどね、もしかして寿退社?」
「あはは、違います」
「それじゃ、そろそろ出発の時間だから」
「はいはーい、お幸せにー」
「ありがとう、またね!」

……

 烏丸は来客用に準備された部屋で、虎嶋との電話をしていた。一時の別れと、再会を願う挨拶を終え、携帯電話を閉じた。

「お幸せに、か」

 裕花は烏丸を選び、烏丸もそれを喜んで受け入れた。しかし、それは結果として裕花の幸せを奪ってしまったのではないか。怪盗は世界を敵に回す職業だ。そのような道に裕花を引き込んでしまったのは、自分自身のエゴの所為だ。
 初めはただの仕事だった。
その内に、彼女を助けたいという気持ちが芽生えた。
彼女に惹かれてしまった。
 彼女を奪ってしまいたいと、思ってしまった。
 その結果が、これだ。
一息吐いて、着替えに取り掛かる。それと共に変装を直し、本来の自分の姿を鏡で確認する。

「やぁ、久しぶり」

 鏡の向こうの自分は、浮かない顔をしていた。自分でやっておいて、ちょっと恥ずかしい。烏丸は照れ隠しに頭を掻き、部屋を後にした。
 裕花と金蔵の待つ応接間の扉の前、烏丸は気を落ち着かせてから、ノックをした。誰?とか言われたら軽くショックだなぁ。

「失礼します」
「「誰?」」
「軽くショック!」
「冗談ですよ、烏丸さん」
「儂は本気で分からん」

 くそう、耄碌爺め。こんな所すぐに出て行ってやる。

 しかし礼を失するわけにもいかないので、出て行くことなく部屋に入りソファに腰掛ける。この家に戻ってくるのは可能とは言え、裕花と金蔵は離れ離れになる。親子の別れの時間を邪魔するわけにはいかない。

「それじゃ烏丸さん、行きましょうか」
「あれ、僕の気遣い空振り?」
「何の気遣いか知らんが、さっさと出て行け、顔も見たし貴様にもう用はない」

 くそう、何という仕打ち。こうなったら盆正月も顔見せに来ないからな。
 そう思いながらも、烏丸は金蔵への挨拶を済ませ、裕花と共に屋敷を後にした。
 静かで人通りの少ない歩道を、二人並んで歩く。烏丸は裕花の横顔を覗く。夏の日差しを浴びて、裕花の白い肌がより一層際立つ。清らかに白く、無垢な彼女に、黒い烏は未だ伝えていないことがある。だからこそ

「裕花さんには言っておかねばならないことがありました」

 今言わなければならない。

「はい、何でしょう?」
「怪盗は、誰からも愛されない、誰も幸せにできない、世間に疎まれ、世界に見放される、言うなれば…悪役です」
「……」
「それでも、僕の隣に居てくれますか?」

 告白の時、拒絶されることを懼れて言えなかった言葉を吐き出した。こんな事を今更言ったところで、裕花に戸惑いを与えるだけだと分かっている。それでも、言わなくてはならなかった。言わずには、いられなかった。

「烏丸さんは、優しいですね」
「僕は今まで貴方に言えなかった、貴方が離れて行く気がして…怖かったから」
「そんな烏丸さんだから、私は好きになってしまったのです」

怪盗は誰からも愛されない。誰も幸せにできない。でも、私は貴方を愛します。貴方を幸せにします。
世間に疎まれ、世界に見放されても、私は貴方の味方でいます。いつまでも見守っています。
悪役だなんて、ご自身を責めないで下さい。たとえ貴方が悪役でも、私は貴方が悪人でないことを知っています。
迷った時は、私が手を引いて歩きます。
だから、一緒に幸せになりましょう。

 そう言って、裕花は烏丸に手を差し伸べた。
二人は歩いて行く。手を繋ぎ、地に足を着けて。

……

「そして1ヵ月後」
「幸、お前変な電波でも受信してんのか?」
「まぁまぁ玲ちゃん落ち着いて、このパートはオマケ(Giveaway)のオマケなんだから気楽に行こうよ、しかめっ面してると眉間に皺出来ちゃうよ?」
「あー、何か納得行かねぇ」

 特に、幸が外国語使ってる辺り納得行かねぇ。

 逢坂と白山は事務所にいた。時刻は夕方5時。じっとりとした暑さが事務所内に広がっている。現在は仕事が入っていないので、二人とも事務所で燻っている。
 逢坂も今では人間の機能を得たため、暑さも感じるし発汗もする。以前のように涼しい顔でコーヒーを啜ることなど出来るはずもない。氷入りの麦茶を飲むようになった。

「しかし暑いな、お前よく今まで平気だったな」
「平気じゃないよ、だからクーラー買おうって言ってたじゃない」
「そうか、まぁ仕事が入ったら考えるか」

 そう言って、逢坂はシャツのボタンをもう一つ外し、バインダーを団扇代わりに扇いだ。人間になってから、逢坂は随分とだらしない性格になっていた。

「玲ちゃんその恰好恥ずかしいよ、誰かに見られたらどうするの」
「いいって、誰も見てないし、それにお前はキャミだからいいけど、俺仕事着以外の服がほとんどないから、暑苦しいシャツ着るしかないんだよ」

 二人の立場が、少しずつ逆転し始めているのかもしれない。

「こんにちはー、ってうわ、この部屋暑ッ!サウナ状態!」
「あー、美弥っちコンチワー」
「あぁ、虎嶋まだ下で働いてたのか」

 隣り合ってソファに座っていた二人は、立ち上がることなく背を反らし、背後の客を出迎えた。とても行儀が悪い。

 下とは、逢坂探偵事務所の下の階にあるペットショップのことだ。当初は1週間の罰ゲームだったはずなのだが、何故か働き始めてもう1ヶ月になる。この前聞いた話によると、給料もきちんと出るらしい。
 虎嶋は半袖のカットソーにショートパンツというラフな恰好だった。その上からペットショップ店員のエプロンを掛けている。真夏に長袖パーカーを被り、ゴーグルと手袋を付けるという、奇抜なスタイルは捨てたようだ。
そう、彼女は悩んだ末に犬飼の処置を受け、元の身体を取り戻すことができた。正確には、彼女の中の虎を眠らせた状態にあるとのことだが、こうして彼女は平穏な日常を手に入れることができた。

「で、美弥っち何しに来たの?」
「ちょっと休憩に来たんだけど…こんな所にいたら熱中症になっちゃうのでサラバです」

 そう言って、虎嶋は扉を閉めて退散していった。どうやら本当に大した用事はなかったようだ。

「マジで何しに来たんだよ」
「顔見せじゃない?最後だし」
「お前本当にどうしたんだ、暑さに頭がやられたか?」

 電波ゆんゆん白山さん。この1ヶ月で何があったのだろうか。いずれは劉仙人のように、読心術や未来予知までマスターしてしまうのではないだろうか。

「あー、そういや、劉さんと犬飼さんは何処行っちゃったんだろうね?」
「何も言わずに居なくなっちまったからな」
「そうだねぇ、そこはかとなく次回予告の匂いがするね!」
「おい馬鹿やめろ」

 本当に洒落にならない。
 断言しよう、この物語はここで終わりだ。しかし、逢坂と白山の歴史は続く。語られることのない歴史を、紡いでゆく。

「ま、これからもよろしくな、幸」
「頼りにしてるよ、玲ちゃん」

 お互いの拳を重ね、二人は不断の友情を誓った。
 逢坂と白山は、この先も共に在り続ける。
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