上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
頭悪い人は頭いいキャラ書けない法則その1
 犬飼は事務所を後にすると、仕事場である階下のペットショップへと戻っていった。営業時間は七時まで、探偵事務所には、ちょっとした休憩がてらに寄ったのだが、思ったより長居してしまった。犬飼は帰ってくるなり、彼を待つ客の対応に追われることとなる。営業時間が終わるまで、息つく暇もなさそうだ。

「店員さん、この子について説明して欲しいんだけど」

 また一人、若い女性が犬飼に声を掛けた。女性は、皮膚の異常か特定の動物アレルギーだろうか、理由は分かる術もないが、夏だというのに長袖のパーカーを着込み、フードまで深々と被っている。更には手袋に色付きレンズのゴーグル、肌が見えるのは鼻と口元だけという徹底ぶりだ。犬飼は、そこまでやるならなぜマスクを付けない、と突っ込みたい衝動に駆られたが、寸での所で踏み止まった。

見れば見るほど不審な客だが、こちらもサービス業だから無体に扱うわけにはいかない。犬飼は愛想のいい返事を返し、彼女の指差す方向に目を向ける。
そこには短い手足と長い胴の犬、コーギーの姿がある。犬飼は慣れた様子で紹介を始めた。

「コーギーはですね、見かけによらず運動能力が高く、従順な性格なので、昔から牧畜犬として飼われていた犬種です、好奇心旺盛で物覚えがいいから、フリスビーやボール遊びもすぐにできるようになりますし、短い手足で走る姿がチャーミングですから、ぜひ一緒に遊んでやってください」
「それに、すごく可愛い顔してますよね」

 女性がコーギーのいるケースに手をかざすと、コーギーは短い尾を振り前足を合わせる。全身を使って感情表現をするコーギーは、実に愛らしい。

「かわいすぎるにゃぁ~」

女性の口から思わず言葉が漏れた。もうすっかり骨抜きのようだ。犬飼は、コーギーも女性に興味を示していることを確認すると、女性に言葉を投げかける。

「見たところ、あなたもこの子も相思相愛みたいですね」
「え、ホントですか?」
「例えばそこの柴犬の赤ちゃんなんかは、あなたのことをじっと見ていますが、あれは興味を示しているのではなく、警戒心の表れだし、あそこのソマリ、猫ちゃんなんかは、そっぽを向いてる振りして興味津々です、それに、表情が読み取りにくいので自信はありませんが…」

 一呼吸置き、犬飼は女性の目を見て一言。

「あなたはハムスターにも興味をお持ちのようで」
「嘘ッ!?何で分かったの?」
「動物の事なら何でも分かります、長年研究してきましたから」

 女性は、言い当てられたことに素直に驚き、歓声を上げ拍手した。それに対して、犬飼は照れ臭そうにはにかんで見せる。こういった心にもない演技の積み重ねが、犬飼という人間を形成しているのだ。
人並み外れた洞察力どころではない。全ての動物を対象とした読心術を、犬飼は持っていた。そんな彼だからこそ、客とペット共々最適なパートナーを提供できるのだ。

犬飼のお墨付きもあり、女性はコーギーを引き取ることにした。購入に関する契約書にサインを済ませると、犬飼に問いかけた。

「店員さんは、いつからここで働いてるんですか?」
「大体働き始めて三年目くらいですかね」
「そうなんですかー、店員さんは見たところ二十代後半ってところですけど、ペットショップの店員になる前は、何をなさってたんですか?」
「この国ではないところで、動物の研究を少々」
「…そうですかー」

 犬飼は、その一言を聞いた彼女が、一瞬だけだが表情を変化させたことに気付く。顔の一部がゴーグルで隠れている所為で、正確な判断はできないが、彼女の見せた表情は、嫌悪感に近い感情を含んでいた。
(ま、研究って言葉から、後ろ暗い実験を想像されるのも仕方ないか)

 そう思いながらも、犬飼は表情を崩さない。犬飼にとって、日常とは舞台、演じ続けることこそが犬飼の生き方だった。その後も十分程度会話を交わした後、女性は席を立った。

「それじゃ、そろそろお仕事があるので、失礼しますね」
「こんな時間からお仕事ですか、大変ですね」

 現在の時刻は六時、仕事の開始時間にしては、どうにも中途半端な時間だ。

「いえいえ、昼間はなーんもやることがないですから」
「変わったお仕事ですね」
「仕事も変わってますが、上司はもっと変わってますよー」
「そうなんですか、是非一度お会いしてみたいものですね」
「変わってる人ですけど、面白い人ではないですよ、では、ワンちゃんが家に来るのを楽しみに待ってます」

女性はそう言って話を切り上げると、店を出て行った。
犬飼は、女性を見送ったあと店内に戻ると、机の上にある契約書に目を落とした。そう言えば、住所や名前を確認するのをすっかり忘れていた。先ほどの失言といい、今日の犬飼は、らしくないミスが多い。
しかし、過ぎたことはもう取り返しがつかない。今更だが、契約書の不備がないかだけ、確認することにした。

「虎嶋 美弥(とらしま みや)ねぇ」

 どことなく猫を連想させる名前だ。恐らく彼女の親も狙って名付けたのだろう。実はあのフードで隠していた頭からは、尖った三角耳が生えているのではないか、などと考えたが、悪い冗談だと、その考えはさっさと捨て去った。

「本当に悪い冗談だ、冗談じゃないよ全く」

 犬飼はそう言って、溜息を吐いた。

「ぉ、犬飼君お疲れかな?」

 声を掛けたのは店長だ。どうやら溜息を聞かれてしまったようだ。
店長は何度見ても慣れない、と犬飼は思った。二メートルを上回る身長、肩幅は広く、ワイシャツの上からでも、分厚い胸板や立体的な腕は隠しきれていない。その聳え立つ山のようなシルエットもさることながら、筋骨隆々の大男がファンシーなエプロンを着て、ペットショップの店長として立っていることに、恐怖を覚える客も少なくない。犬飼がここで働くまでは、店長が一人で店を経営していたのだが、店長を見て客が逃げ出したことは、一度や二度ではない。
犬飼が加入したおかげで、店は磁石の極が一致したかのように、客を引き寄せるようになり、現在は店の売り上げはそこそこ好調である。

「今日はもう上がっていいよ、お客もいないみたいだし」
「大丈夫ですよ、後片付けが残っているでしょう?」
「後片付けくらい、俺一人で出来るさ、それに、劉さんが君を呼んでいたから、そっちに行ってきて欲しいんだ」
「そうですか、じゃ、お言葉に甘えて」

 犬飼は、店長の心遣いに感謝した。こういった配慮や優しさを持つ店長は、見た目で損をしていると、犬飼は思った。
というか、出る物語を間違っている。

「ん、何か言った?」
「いえ、何も」
「おかしいな、今確かに、出る物語を間違えたとか何とか」
「確かに、店長はペットショップより、北斗の拳とかが似合ってますけどね」
「はっはっは、世紀末に生まれてくるべきだったね、ペットショップじゃ、強盗が来たときくらいしか役に立ちゃしない」

 店長は、でもトラックが店に突っ込んできても止められるね、とも付け加えた。まぁ、トラックが店に突っ込むなんてことは、滅多にないだろうが。

でも、店長なら本当にできそうだ、と犬飼は思う。中身の詰まったダンボールを両肩に乗せ、難なく倉庫へと運ぶ店長の背中は、見事なまでの逆三角形だった。

店長との歓談を切り上げ、挨拶を済ませると犬飼は店を出た。これから劉の所へ赴くのだが、犬飼は気が進まなかった。
(劉爺のところに行くのか。また何か面倒な用事を頼まれるのかなぁ)
足取りは重かったが、階段を二フロア分上がるだけなので、すぐに劉の経営する雀荘の入り口に辿り着いた。壁には営業日と営業時間が書かれた看板が打ち付けてあったが、そこには『営業時間 朝から晩まで、営業日 気が向いたとき』と書いてあり、看板の意味があるのかないのかよく分からない状態だった。

犬飼が扉を開けて中に入ると、薄く靄がかかったような部屋で、男達が卓を囲んでおり、洗牌の喧しい音が、犬飼の耳にも響いた。煙を押し退け奥へと進むと、犬飼は安楽椅子に座り脚を組んでいる劉を見つけた。

「こんばんは劉爺」
「ようやく来やがったか、待ちくたびれたぜ」

 犬飼が劉爺と呼ぶその人物は、どう見積もっても中学生くらいにしか見えない子供だった。しかし、彼にはおよそ子供らしさと言える要素が見当たらない。客人である犬飼の前でも、椅子に座ったまま、脚を組んでふんぞり返り、小さな口に煙管を銜えている。口が悪いし態度も悪いが、子供っぽい我侭さではない。まるでマフィアのボスのような佇まいである。

「相変わらずその姿なんだね、いい加減若作りはみっともないよ?」
「この恰好は気に入ってんだ、もう二、三十年はこのままだぜ」

彼こそが、自称三千七百四十五歳、かつ自称仙人の劉である。もしかすると、劉という名前すら自称かもしれない。

「で、今日は何の用だい?劉爺」
「用事って程のモンはねぇよ、ちっとばかり、お前とおしゃべりしようと思ってな」

 そう言って、劉はニヤリと笑う。相手のことを全て見透かしたような目、読心術は犬飼の十八番だが、それも劉の方が一枚上手だ。いつもは読心術を仕掛ける側の犬飼も、この時ばかりは被害者側の心境だった。

それ故、逢坂が犬飼を苦手とするように、犬飼は劉を苦手にしている。さらに言えば、劉は白山を苦手としており、逢坂は白山の扱いを得手としている。このビルのメンバー間では、妙な強弱関係が成立していた。ちなみにペットショップ店長は、メンバーに対する得手不得手はない。

「悠馬よぉ、最近店の景気はどうよ」
「そういうのは店長に聞いてよ、僕は知らない」
「今日は変な客が来たんじゃないか?」

 劉は煙管をふかして犬飼の反応を窺うが、犬飼はそれに無言を返す。吐き出された煙は、暗い照明の部屋に拡散した。

「図星か?図星だろ、そうに違いねぇ」

 劉は犬歯を見せ、ケラケラと笑った。仙人はもっと慎ましい、平和的な連中じゃなかったか、と犬飼は内心思った。まぁ、自称仙人はこんなものなのかもしれない。

「あの嬢ちゃんは面白いぜ、三年前途切れたはずの、お前との縁がまた繋がってやがる、恐らくお前はまた近いうちに会うことになりそうだ」
「三年前、途切れた縁…」
「お前は昔、相当やんちゃしたからな」

 劉はしみじみと言った。心底楽しそうな顔をしながら。

「で、またそいつと会ったらどうするつもりだ?」
「逃げずに向き合う、それだけだよ」

 劉は犬飼の目を見る。その言葉に偽りはないことが分かると、一瞬だけ表情を崩した。

「じゃ、本題に入るぜ」
「これまでの話は前座だったのか!」

 犬飼には、十分本題に値する内容だったのだが。しかし、劉が言う本題も気になるので、犬飼は劉の話を促した。

「お前には耳の痛い話になりそうだが、それでも聞きたいか?」
「聞きたくないって言っても、話すんだろ劉爺」

 さっきの話も犬飼にとって耳の痛い話だった。今更である。

「よく分かってるじゃねぇか、俺はおしゃべりが大好きだから、口塞がれたって話すぜ」
「分かったからさっさと話しなよ、僕だって暇じゃないんだよ」
「嘘吐け、悠々自適な一人もんの癖に」

 事実、犬飼は独り身だし、浮いた話もないのだが、それを劉にしっかり押えられていることが癪に障る。
ただ、劉に言わせれば、そんなことは、知りたくなくても勝手に分かることなのだ。
劉は森羅万象の『気』の流れを察知する能力に長ける、風水術のプロフェッショナルである。それこそ意識すれば、千里眼の如く世界を見渡すこともできる、とのことだ。
彼の素性や能力の認識は、自己申告によるところが大きいので、どこまでが本当かよく分からないが、それに類する能力はしっかりと発揮していた。

「まぁ、お前のことは置いといて本題に入るぜ、端的に言う、お前逢坂に何かしたか?」

 射抜くような視線で、劉は犬飼を睨み付けた。が、犬飼は動じない。余裕たっぷりに切り返す。

「仙人様でも分からないことがあるんだね」
「逢坂の『気』が急に変わった、しかもこの『気』には前例がねぇときたもんだ、逢坂自身が前例のねぇ存在だが、基本はただの人間のはずだ、このケースは明らかにおかしい、ってことは何かあると踏んだ訳だ」
「それで、僕に何の関係があるのかな?」
「原因を探るとだ、二つの因子にぶち当たるんだよ、一つは今日の夕方に探偵事務所に来た郵便配達の男、でもって、もう一つがお前、特にお前は前科者だからな、容疑者筆頭だぜ?」

 劉は立ち上がり、人差し指で犬飼の胸を突いた。爪を立て、抉る様に指を押し込む。劉は既に確信している、この事象は犬飼が関わっていることを。言うなれば予定調和、犬飼から話を聞くために必要な儀式のようなものだ。

「まったく、劉爺には敵わないね」

そう言って、犬飼は降参するように両手を上げた。これも予定調和、焦らしたのはただのポーズだ。
劉と向き合うのは、お互いの腹をメスで掻き回すようなものだ、と犬飼は思う。見透かし見透かされるノーガードの殴り合いの前では、そもそも言葉など必要ないのだ。

それでも二人は言葉を紡ぐ。人間対人間の、正常なコミュニケーションを求め、あくまでも人であろうとする。人として、人に触れていたいと思うのだ。

「劉爺が言うとおり、この件には僕が絡んでる、っていうか、僕しか絡んでない」
「そうかい」

 劉は興味なさそうに、煙管をくるくると回していた。さっきまで嬉々として犬飼を追い込んでいたというのに、随分心変わりの早い爺さん(姿かたちは子供だが)である。

「で、お前何したの?」

 仕方ないから聞いてやる、そんな態度で劉は尋ねた。しかし、本当は気になってしょうがないことを犬飼は知っているので、劉の期待に沿うよう勝手に説明を始める。

「5Wで話をしようか、僕が、今日逢坂に会ったとき、事務所で、逢坂君に、こいつを摂取してもらった」

 そう言ってポケットから取り出したのは、小型の注射器だ。

「長さは大体小指一本分くらいかな、スーツの上からだったけど、何とか針が刺さってよかったよ」

 刺したのは、犬飼が帰り際に逢坂の肩の上に手を置いたときである。

「普通の人間なら、針が刺さったら気付くだろうが…ま、逢坂ならしゃあないか」
「そうだね、逢坂君だから気付かなかった、限りなく人間に近い人形、逢坂君はいつもそのことに悩んでいたよ」
「細かいこと一々気にする奴だぜ、大体ここには誰一人まともな人間がいねぇじゃねぇか」
「僕もそうだけど、店長は真っ当な人間だよ?」
「馬鹿野郎、あんなデカくてゴツいの人間じゃねぇよ!あとさり気なく自分のこと棚に上げるな、俺に言わせりゃお前が一番まともじゃねぇんだよ」
「失礼な、変幻自在の妖怪仙人の方が、よっぽどまともじゃないじゃないか」
「何だと手前!」

 不毛な罵倒合戦の幕は切って落とされた。こうなってしまえば読心術など意味がない、本音と本音のぶつかり合いである。
しかし、延々続くと思われたこの争いも、疲れが出てきたのか、肩で息をした劉は、言い争いを終わらせるため、元の話へと戻す。

「で、その注射器には何が入ってるんだよ」

 偉そうな態度は健在だが、息が荒く様になっていない。犬飼も同様に、かなり体力を消耗したようで、地べたに座り込んで天井を見上げている。全く持って大人気ない奴らである。

「あぁ、こいつ?こいつは『逢坂君専用悠馬お兄ちゃんのお注射』だよ」
「ウザい気持ち悪い死ね」
「まぁ、劉爺には言わなくても分かるでしょ」
「分かるからこその対応だ、そういう告白は、もっとシリアスに言えよ」
「いいじゃないか劉爺、僕達はシリアスなんかより、軽佻浮薄に人を喰った態度の方が似合ってるよ」
「…それもそうだ」

 そう言って、二人は笑いあった。犬飼と劉、人の心を覗く者同士、嫌い合い、傷付け合い、しかしそれでも繋がり合う、奇妙な友情がそこにはあった。

「それじゃ、僕はそろそろ帰るけど、もう用事はないね?」
「おう、お前の顔なんざ当分見たくもねぇ、さっさと帰りやがれ…って、ん?なんじゃこりゃ」
「どうかしたの?劉爺」

 呼び掛けに劉は答えない。目を閉じて集中しているのだろう、じっとしたままピクリとも動かない。どうやら千里眼(自己申告)で何かを見ているようだ。普段から顰め面でいることが多い劉だったが、いつにも増して機嫌が悪そうだ。犬飼は嫌な予感がした、これは面倒事を押し付けられるかもしれない。

「たった今用事が出来た、お前ちょっと逢坂の所まで行ってこい」

 悪い予感というのは、得てして当たるものだ。
Secret

TrackBackURL
→http://si7ver.blog39.fc2.com/tb.php/142-da0517bf
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。