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小説載っけてみました。
 初夏の町が夕焼けに染まり始める頃、陽炎の揺らめくアスファルトの歩道では、シャツの胸元を大きく開けた学生や、ハンカチで汗を拭く買い物帰りの主婦などが所々で見られる。

逢坂玲(おうさか れい)は椅子に腰掛け、道路沿いにあるオフィスの二階からその光景を眺めていた。クーラーどころか扇風機すら置いていないこの部屋の窓際で、逢坂は汗一つかかず涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。

ここは二十六歳の逢坂と、二十一歳の助手が、住まいと仕事場を共にする、逢坂探偵事務所。下にはファンシーなペットショップ、上には深夜まで喧騒渦巻く雀荘の三階建て。
上に行くほど怪しさが増すような仕組みなのだろうか、このビルのオーナーの意向が甚だ疑問である。

そういう場所だから、老若男女訪れるペットショップとは違い、基本的に二階以上は一般人が気軽に立ち入るような場所ではない。探偵事務所という胡散臭い響きや、偶然雀荘の看板を見かけた等、興味本位の冷やかしも、二階へと続く階段を前にすると足が竦む。用無き者の侵入を拒絶するような、物言わぬ圧力がそこにはあった。

雀荘経営者であり仙人を自称する劉(りゅう)曰く、厄除けの結界だそうだ。事実ならば、厄どころか客も遠ざける程強力な結界に違いない。
(劉さんにはここに来てからいつも世話になってはいるが、あの人のことよく知らないんだよな…)

逢坂も自身の過去について軽々しく話すのは趣味ではない。よって互いの過去は知らないわけだが、別にそれで構わないと思っている。過去を知ることが相手の今を見るのに邪魔になる時だってある。昔話をしてくれるなら、その時耳を傾ければいい。それまでは個人のプライバシー、干渉するのは野暮というものだ。

(逆に過去を知ってるからこそ、あまり近付きたくないやつもいるしな)
逢坂の頭に一階のペットショップ店員の顔が浮かぶ。
何を隠そう逢坂は彼が苦手だった。彼の隠している素顔が、苦手だった。
思い出すのは止めておこう、と思考をそこで一区切り、コーヒーの残りを飲み干した。

結局、このビルの利用者は逢坂を含め誰一人まともと言えるような人間はいないのかもしれない。人でありながら、人でなし。人の皮を被った化物、あるいは人の形を模しただけの人形か。いずれにせよ、ここにいるのは人間の範疇から外れた者ばかり。
類は友を呼ぶというが、このビルは奇人の跳梁跋扈する依り代となっていた。

そういった雰囲気を感じ取るのか、いつしかこのビルの二階以降は、近隣住民には『妖怪ビル』と揶揄されるようになり、逢坂探偵事務所には一層人が寄り付かなくなっていた。いっそ鴉でも群れていれば様になるのだが、鳥類すらも寄ってこない。
現状は、客が来ないという点で閑古鳥が鳴いているだけだった。

ただし、稀にやってくる仕事は例外なく『謎』や『奇妙な現象』が付随していた。用無き者を阻む結界。裏を返せば、来る者全てが逢坂探偵事務所でなければならない理由を有しているのだ。
世の中では殺人事件が起ころうと、トリックを使った犯行など滅多にない。ダイイングメッセージ、密室殺人、アリバイ工作なんてものは、所詮小説の中でしか起こりえないと考えている人間も多いだろう。
しかし、ゼロではない。確かに探偵が必要となる舞台が存在するのだ。そういった世にも奇妙な依頼ばかりを受けるのが、この事務所というわけだ。
類は友を呼ぶ、つまりそういうことだ。
その点において、このビルは探偵事務所として理想的な場所だった。
(余計な客が来ないってのは気楽だが、悠長には構えてられんな)

 逢坂もこれで一応探偵事務所を切り盛りする経営者である。最低限の生活費と家賃、できれば貯金できるくらいの金を得るためには働かなければならないのだが、如何せん依頼がなければ身動きが取れない。そしてここ数日が、その身動きが取れない状況だった。

逢坂探偵事務所は、数ある探偵事務所の中でも、非日常的あるいは非常識な案件を専門とする、特殊な探偵事務所だ。それ故競争相手も少なく、月に二つも事件を解決すれば、お釣りが来るほどの報酬が得られるのだが、今月は既に半分を経過しているにも係わらず、依頼の電話どころか、尋ねてくる客人すらいなかった。
ここまできてしまったら、流石に生活の心配をしなければならない。何かをどうにかしようにも、どうしようもない現実に、逢坂は頭を抱えていた。

結局、逢坂は神に祈るという選択肢を選んだ。無宗教の逢坂だったが、この時ばかりは誰よりも敬虔なクリスチャンであった。
そして、脅威のスピードで願いは叶えられる。コン、コン、と。静かなオフィスにノックの音が飛び込んだ。
神よ、見ておられるのか。俄かクリスチャン逢坂は神への感謝として十字を切ると、スーツを正して気持ちを切り替え、客人を迎えた。

「ようこそ逢坂探偵事務所へ」
「宅配便でーす、ここに署名か印鑑お願いします」

 逢坂は聞こえぬよう舌打ちした。やはりそう都合よくはいかないものだ。
扉の向こう側には、小包を持つ配達員が立っていた。黒猫のシルエットが目印の帽子を目深に被っているため顔はよく見えないが、サービス業特有の笑顔を惜しげもなく披露している。
逢坂は場違いな挨拶をしてしまったことに気まずさを感じながら、整理された机の引き出しから所定の位置にある印鑑を取り出し判を押した。

「こちら、取り扱いには十分ご注意ください」

別段注意書きの貼り紙などはなかったし、手渡し方にも気負ったところはない。逢坂はその言葉に軽い違和感を感じたが、マニュアルか社交辞令か、そういうものなのだろうと片手でそれを受け取った。

「それでは、お仕事中失礼致しました」
「はい、ご苦労様」

配達員の気遣いに逢坂の胸は少し痛んだ。今日は仕事と言える仕事は何一つしていない。暇すぎて途中から窓の外を眺めながら通行人を数えていたほどだ。

「あ、そうそう」

 思い出したように
「今夜は星が綺麗に見えそうですよ」

 配達員は呟いた。
逢坂は突拍子もない一言が気になり振り返ったが、そこにはもう配達員の姿はない。

 しかし、変わった人間にはすっかり馴れっことなってしまった逢坂は、相手にするのも面倒だ、と即座に配達員の彼を思考から追い出した。既に頭の中は、今夜の晩御飯を何にするのかが、九割を占めていた。

(これ以上出費が嵩む様だとそろそろ生活が厳しい。断食でも俺は別に構わないが幸の奴が文句を言うだろうから食事は作らざるを得ないか。残ってる食材は確か牛乳と劉さんが土産でくれた讃岐うどんがあったか。あとは煮干と縮緬雑魚と竹輪と蒲鉾と鰹節と鰹節と鰹節と、って幸のやつ水産加工品ばかり買い込んでるじゃねぇか。どんだけ鰹節好きなんだよ)

「ただいま帰りましたー」

(まぁそれはおいといて、問題は野菜と肉が足りないことか。この国では採取や狩猟をしようにも、警察とかいう奴等が邪魔してきやがるから目立つ所では食料は調達できないとなると…)
思考はまだ終わらない。集中しているせいか声にも気付いていないようだ。

「所長?ただいま可愛い部下が帰ってきましたよ、おーい、玲ちゃーん?」

 思考終了。結論は…

「今日の夕飯は猫煮込みうどんに決まりだ」
「怖ッ!ネコミ、ネコニコニ、ネコミコ…そして言いにくッ!」
「猫煮込みうどんって、味噌煮込みうどんとちょっと似てるよな」

ちなみに、逢坂は以前客との会話で猫鍋という言葉を聞き、それが料理であると未だに勘違いしている。何というか、文化の違いというものだ。

ともかく、やってきたのは事務所に住み込みで働く逢坂の助手、白山幸(しらやま ゆき)である。御年二十一歳、年相応の落ち着きがどこにも見当たらないのが、逢坂の悩みである。ただ、案外この年頃の女性というのは、白山と同じくらい、頭がお花畑しているのかもしれない。

外回りから帰ってきた彼女の手には、定番の棒アイス「ギリギリ君」生ハムメロン味が握られている。夏限定で毎年違う新商品のみを発売しているギリギリ君は、おろしポン酢味や広島風お好み焼き味など売れるか売れないか、ラインギリギリの攻防を行う夏の風物詩として有名である。
(こんなもの好き好んで買う奴の気が知れない)

この国の人間は、限定だとか先着何名様だとかいう言葉にとにかく弱い、と逢坂は嘆息した。いっそこの事務所も、一日一組様限定と付け加えれば客が集まるのではないだろうか。

加えて逢坂は、白山もこの国での生活に馴染んだものだとも思った。言葉を覚えることを筆頭に不安ばかりが先に立ったが、どうやら取り越し苦労だったようだ。逢坂もこの国をよく知っているわけではない。白山の予想以上の適応能力には逢坂も手を焼かずに済んでよかったと胸を撫で下ろした。

「玲ちゃん暑い、この部屋暑いよ!窓くらい開けよう、アイス溶けちゃうよ」

確かに室内の気温は外と同じくらいか、上回る程であった、これでは風がある分、外にいた方がましである。白山は普段から、東へ西へと、依頼や雑用に奔走するため、夏は暑さに、冬は寒さに強くなる便利な体質ではあるが、さすがにこの部屋の暑さには参っている。クーラーか、せめて扇風機でもあれば、と白山は常々思っているのだが、その願いは恐らく当分叶えられないだろう。
逢坂探偵事務所の所長は、サービス精神も部下に対する配慮も欠けていた。

帰り道と室内の暑さにやられ、毒々しい蛍光色のアイスからは、汗のように滴が流れていた。白山は零さぬように、持ち手の角度を忙しなく変えたり、舌を上手く使い、アイスと格闘を続けている。

「捨ててしまえそんなゲテモノ、あと床を汚したら承知しないからな」

逢坂の几帳面さをよく知っている白山は、肩を一瞬震わせた。慌ててアイスを平らげると、ハズレの文字の書かれたバーを銜えながら白山は訊ねた。

「ところで玲ちゃん、今日の給料を頂きたいのだけれど」
「そこの封筒に入っているから、勝手に持っていってくれ」
「了解であります!」
「今日は頑張ったから色を付けといたぞ」

白山の給料は日当制、給料が少ないことをカモフラージュするために逢坂の講じた対策である。犬の餌と同じように、量が変わらなくても、回数さえ増えればより満足するという寸法だ。

「今日は大きいお金があるね、玲ちゃん」

本日の給料六百八十円也。どう見積もったところで時給は二桁、白山でなければ卒倒してしまうだろう。生活費全般は、逢坂との共同生活で保障されているため、金に対する執着心に乏しい白山だが、過剰に低い時給も手伝って、白山は未だに紙幣の存在を知らない。

「毎日これくらい給料があればいいのになぁ」

白山にとっては満足のいく金額なのだろうが、世間ではアルバイトで一時間働けばそのくらいの金額は稼げる。

「贅沢を言うな、ゴーストスイーパーの助手ですら、時給が一桁でも犬のように働くぞ」
「何だかその助手さんには、邪な気を感じるよ玲ちゃん」
「それと、他のやつらには給料の事は話すなよ、羨ましがるから」
「らじゃりました!」

 誤魔化しも口止めもすんなり成功してしまうことに、逢坂は安堵しつつも、白山の将来が不安になった。
(マルチ商法とか連帯保証人詐欺とかに引っ掛かる姿が目に見える。駄目だこいつ、早く何とかしないと)

 しかしそんな逢坂の心配を他所に、白山は事務所の中を何かするでもなくうろついていた。そして白山はふと足を止める。目に留まったのは先程の小包だった。

「玲ちゃん、これ開けていい?」
「どうぞ」

 白山は嬉々として包装紙を引き裂いた。中身が気になるというよりも、包装紙を破ることそのものが楽しいといった様子だ。既に中身の箱は包装紙に覆われてはいなかったが、それでも白山は包装紙と戯れていた。

「幸、散らかしたらちゃんと片付けろよ、で、箱の中身は何だろなっと」

大して期待はしていなかったが、気になることは気になる。逢坂は箱を開けた。中に入っていたのは、懐中時計と二色のコード。そしてコードの先は筒状の物体の束につながっている。『危険物につき取扱注意!』と書かれたそれには、ドクロのイラストが添えられていた。
有体に言ってしまえば、時限爆弾というものだ。

「玲ちゃん、中身は何だった?」

 白山はまだ包装紙を細かく千切っていた。暢気な白山に対して逢坂は

「幸、俺達は今爆発オチか生存かの二択を迫られているようだ」

努めて冷静に、否、努めずとも冷静に返した。心拍数の上昇もなければ、発汗や表情の大きな変化も見られない。まるで大したことではないかのようだ。

「ふーん、そうなんだー、それ今日の晩御飯のおかずにしっよか?」

白山は自分から話題を振ったにも拘わらず、完全に的外れな返事をした。まだ包装紙を弄っている様子から、耳を傾けていないというのが一目瞭然だった。気まぐれにも程がある女、それが白山幸だ。
逢坂は目の前にあるこれを白山の口に捻じ込んでやろうかとも考えたが、後々の事も考え、そのアイディアを取り下げた。
もしもの時、後片付けが大変だ。

確かに、逢坂も箱を開ける前は、最低でも食べられるものがいい、などと考えてはいたが、今更ながらに最低という言葉の使い方が、不適切だったと気付く。最低というからには、これくらいのシーンも想定するべきだと、逢坂は冷静に分析した。

「ところで玲ちゃん、晩御飯はいつ頃?」

 漸く手を止めた白山が訊ねた。

「晩飯はまだだが、爆発まではあと五秒の可能性が高いな」
「やだなぁ玲ちゃん、このご時勢に爆弾なんてあるわけないじゃない」

 白山は立ち上がり箱の中身を覗き込む。途端、サーッという効果音が聞こえるほどに白山の顔が引き攣った。

「…マジ?」
「大マジだ」

懐中時計の短針と長針が共に頂上を指すと同時に、二人は閃光に包まれた。
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